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多胡家表門

津和野を散策していて、何とも風情のある門を見つけました。

多胡家表門01

これは、家老多胡家の表門とのこと。

多胡家は津和野藩の筆頭家老職を藩主亀井家11代にわたり務めた家です。
この門は同家の表門で、門の左右に番所を構え、格式の高さを示しています。
威厳のある江戸期の武家屋敷門の建築様式を今に伝えています。

島根県の「県指定文化財」です。

多胡家表門02



詳しい地図で見る


ところで、ずっと以前、この門の近くにあった「わらぶき屋根の家」に一晩泊めていただきました。私が小学生の時です。

同級生の女の子と二人で「先生の自宅」に泊めていただきました。もう何十年か前のことで詳しいいきさつは忘れていますが・・・・先生は転勤になる前に・・・・私たちを連れてきてくださいました。

2月11日の夕方に津和野に着いて・・・・この家に行きました。初めての他人との長旅で緊張したことは覚えています。家に着くと、先生のお父さんに挨拶をしました。
「今日ここに泊めてもらいます。よろしくお願いします」
先生のレクチャーどおりに挨拶をしました。
記憶のお父さんは、お札で見かける「夏目漱石」に似ていたような気がします。

後は迷路のような廊下を通って別の部屋に行きました。

翌日、朝起きて、顔を洗って「朝の挨拶」に行きました。

白黒の写真のような記憶は・・・・
その後家の近くの「キリスト教会」で「記念撮影」をしました。
この写真は、私のアルバムにしっかり収まっています。

森鴎外の旧居は15分くらい歩いていきました。
乙女峠には・・・・どのようにしていったのか・・・・

今思い出しても、このくらいしか記憶がありません。帰りの汽車の中などは全く覚えていません。
でも「津和野」と聞けば「わらぶき屋根の家」が浮かびます。

私は津和野に行くたびに密かに探していました。「あのときの先生のお宅はどこかな・・・・」
人に聞くわけではなく「わらぶき屋根」を探していました。たぶんこの門の奥に「わらぶき屋根」があったのでしょうね。

この記事を書きながら一つ思い出したことがあります。何年か前、ラジオからこんな話が流れてきたことを。

「このたびの災害で島根県の津和野町では古いわらぶき屋根の家の屋根が落ちたそうです」

先生は転勤後、結婚されたことは聞きました。しかし新しい名字がわかりません。その当時一緒だった先生にもわからないとのこと。

今「個人情報」はなかなか教えてもらえません。お元気ならば60歳後半のはず。
先生にお会いできればあのときの「虫食い穴だらけの記憶」が埋められるかも・・・・いえ、それよりも連れて行ってくださったことのお礼を言いたいです。
子供を持つ身になって先生の「一大決心」だったことがわかりました。

「わらぶき屋根の家」に住んでいらっしゃった先生は、今どこに・・・・

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